志位和夫 日本共産党

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談話・記者会見

2014年3月17日(月)

日本軍「慰安婦」問題 志位委員長の一問一答から


 日本共産党の志位和夫委員長が14日に発表した見解「歴史の偽造は許されない――『河野談話』と日本軍『慰安婦』問題の真実」について、内外記者、参加者との質疑応答(大要)は次の通りです。(発表にさいして、補正と加筆、整理を行っています)


「河野談話」に対する安倍政権の対応について

「見直さない」としながら「検証」は矛盾、攻撃には明確に反論すべき

写真

(写真)参加者からの質問に応じる志位和夫委員長=14日、参院議員会館

 ――参院予算委員会で安倍晋三首相が「河野談話」について「見直す考えはない」と答弁しました。一方、菅義偉官房長官は「(「河野談話」の)作成過程の検討はする」と述べています。この政府の姿勢についてどう思いますか。

 志位 私は、この問題への日本政府の対応には二つの問題点があると思います。

 第一は、「河野談話」について「見直さない」と表明しているわけですが、同時に「検証する」といっている。これは矛盾した態度だといわなければなりません。

 第二に、「河野談話」見直し論にたいして、政府は反論していません。逆に、迎合的な態度をとっています。これは国会の質疑でも明らかです。

 政府が、「河野談話」を本当に「見直さない」というのであれば、何のために「検証」するのか。「見直さない」なら「検証」などは必要ないし、やめるべきです。また、政府が、本気で「河野談話」を「継承する」というなら、「河野談話」見直し派からの攻撃にたいして、正面から、公式に、明確に、反論すべきです。今回、私たちは政党の立場から反論をおこないましたが、これはほんらい政府がやるべきことです。

「慰安婦」制度は「性奴隷制度」か

むき出しの形での「性奴隷制度」だったことは明白

 ――「慰安婦」は「性奴隷」だったというイメージがつくられているのではないか。実際、そうだったのでしょうか。

 志位 私は、日本軍「慰安婦」制度は、むき出しの形での「性奴隷制度」だったと言い切っていいし、そう言い切るべきだと思います。

 「慰安所」における「慰安婦」の生活は、監禁拘束されたもとで性行為を強制される日々でした。そこでは一切の人権も自由も剥奪されています。居住の自由がない。外出の自由もない。廃業の自由もない。相手を拒否する自由もない。そうしたまったく自由がないもとで、軍人に性的奉仕が強要される。これは、むき出しの形での「性奴隷制度」というほかないものです。

 しかも、この「慰安婦」制度の主体は軍でした。「慰安所」には軍直営のものもありました。業者に経営させる軍専用の「慰安所」もありましたが、その場合でも、軍の完全な統制・監督の下に運営されていました。

 日本軍「慰安婦」制度は、軍の統制・監督下の「性奴隷制度」ということでは、「軍性奴隷制度」というべきものであり、「性奴隷制度」のなかでも、最も野蛮でむき出しの形態のものでした。そういうものとして、私たちはきちんと事実に向き合わなければなりません。

歴史を改ざんする動きについて

軍「慰安婦」問題は、侵略戦争や植民地支配への反省の「試金石」ともなっている

 ――「慰安婦」問題は本来、人道問題です。安倍政権による否定的発言で厳しい政治問題となりました。安倍政権はなぜこのような発言を繰り返すと思いますか。安倍政権のやりかたについてどう思いますか。

 志位 安倍政権のもとで、なぜこういう事態が引き起こされるのか。私は、安倍首相自身の行動にその根源があると考えています。

 安倍首相は、昨年12月に靖国神社参拝を行いました。靖国神社というのは、戦争中は国民を戦場に動員する道具とされ、今もなお、かつての日本の戦争を「自存自衛の戦争だった」「アジア解放の聖戦だった」と賛美することをその存在意義としている特殊な施設です。この神社への首相の参拝は、侵略戦争を肯定・美化する立場に身をおくことになると、私たちは強く批判しました。こうした首相の行動が示すように、安倍首相の行動には、過去の日本の侵略戦争を誤った戦争と認めたくない、それを正当化したいという強い衝動が働いていることは明らかです。

 この内閣を支えているのが、私たちが「靖国」派と呼んでいる歴史改ざんをもくろむ勢力です。この勢力は、日本の侵略戦争や植民地支配の歴史を「正義の歴史」へと改ざんしようとする強い反動的衝動に支配されていますが、彼らのそうした反動的衝動が最も強く現れているのが日本軍「慰安婦」問題だと思います。この問題は、日本軍国主義が犯した戦争犯罪、植民地犯罪のなかでも、「靖国」派が最も認めたくないものの一つなのです。彼らは、何としてもこれを「なかったことにしたい」という強い衝動に突き動かされているのです。

 しかし、今日お話ししたように、どんなに否定しようとしても、これは動かすことのできない事実です。この事実を否定する試みは、決して成功しません。それは、もとより世界では通用しません。日本国民からも決して支持はされません。

 この問題にたいして、きっぱりした姿勢がとれるかどうかが、日本政府にきびしく問われています。この問題にたいしてきちんとした姿勢がとれなかったら、侵略戦争や植民地支配に対する本当の反省をしたとはいえない、そういういわば重大な試金石ともなっているのが、日本軍「慰安婦」問題です。それは歴史を改ざんしようとする勢力との対決の熱い焦点ともなっています。そうした位置づけで、私たちは解決のために力を尽くしたいと思います。

「『慰安婦』問題は日本人の誇りを傷つける」という声に

歴史の真実に正面から向き合ってこそ日本国民として本当の誇りがもてる

 ――中国人「慰安婦」裁判を支援してきた者です。「慰安婦」問題は日本人としての誇りを傷つける、侵略戦争だったことは認めるが、これだけは認めたくないという意見をどう思いますか。

 志位 まず裁判をたたかってこられたことに対し、心から敬意を申し上げたいと思います。裁判の結果、賠償請求は認められませんでしたが、事実認定の点ではたいへん大きな財産を残しました。それは歴史的意義を持つものです。

 「日本人としての誇りが傷つけられる」という意見をどう思うかというご質問ですが、本当の日本国民としての誇りとは何か、を問い返す必要があるだろうと思います。

 都合の悪い歴史を隠すことこそ、もっとも恥ずかしいことであり、自らの誇りを投げ捨てることになるのではないか。本当に日本という国を愛し、日本の未来に責任を持とうとするならば、歴史の真実にたいして、正面から向き合うことこそ真に勇気ある態度だし、そういう態度をとってこそ、日本国民として、さらに人間として、本当の意味での誇りを持てることになるのではないか。「誇りが傷つけられる」という声にたいしては、そういう問いかけをしていくことが大切ではないでしょうか。

 日本国民の中では、この問題の真相はよく知られていないと思います。今日お話ししたような、「河野談話」の中身はどういうものか、「談話」はどうやってつくられたのか、この問題にかかわって日本でどういう裁判が行われ、そこでどういう事実認定がされたのかなどについては、ほとんど知られていないと思います。

 今日発表した私の見解は、もとより日本軍「慰安婦」問題の全体像を明らかにしたものではありません。いま行われている「河野談話」攻撃にかかわって、これに反論するという形で、必要最小限のことを述べたものです。日本軍「慰安婦」問題の全体像については、きわめて深刻で重大な多くの事実が、研究者や関係者のみなさんの努力によって明らかにされています。被害も、もちろん朝鮮半島だけではありません。それは中国、東南アジア諸国、太平洋諸国、ヨーロッパの国、そして日本人の被害者など、たくさんの国の人々が被害者となっている深刻な問題です。その全体像を事実を示して丁寧に伝えていく努力が大切になっていると痛感します。これは日本共産党の責任としてもぜひやっていきたいと決意しています。

一部メディアによる「河野談話」攻撃について

真偽が定かでない文書をもとにした攻撃は、相手にする値打ちもない

 ――一部メディアは、「河野談話」にかかわって政府が行った16人の元「慰安婦」の聞き取り調査の文書をもとに、「談話」攻撃をしています。

 志位 一部メディアが、16人の元「慰安婦」の聞き取りの調査の文書なるものを入手したといって、それをもとに「河野談話」の攻撃をやっている事実があります。

 しかし、一部メディアが入手したという文書について、政府は真正なものと認めていません。つまり、文書の真偽そのものが定かではないということです。ですから、私たちの見解では、真偽が定かでない文書をもとにした「河野談話」攻撃は、相手にしておりません。相手にするだけの値打ちもないということです。

 そうした攻撃を展開している一部メディアの目的は、「河野談話」の全否定にありますが、「河野談話」否定論に対しては、今日発表した見解において、事実と論理をもって、反論が尽くされていると私は考えるものです。

2007年の政府答弁書について

「軍や官憲による強制連行を直接示す記述が見当たらなかった」という部分の撤回を

 ――(見解で撤回を求めている)2007年3月16日に閣議決定された政府答弁書のなかでは、「河野談話」を認めている部分がありますが。

 志位 たしかに、この政府答弁書では、政府の基本的立場は「河野談話」を「継承している」というものであるということが述べられています。(ただし「その内容を閣議決定することは考えていない」とも述べています)

 「河野談話」を「継承している」と言いながら、「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」とするのは、少なくとも「河野談話」の精神に反する矛盾であることは事実です。

 ただ答弁書のこの部分は、矛盾というだけでなく、見解でも明らかにしたように、何よりも事実と異なっています。“日本政府は、BC級戦犯裁判や東京裁判の判決を知っていたはずだ。だから「記述が見当たらなかった」とする答弁書は事実と違う。だから撤回するべきだ”――そういうシンプルな論立てで相手を追い詰めていくことが、この答弁書を撤回させるうえで一番強い論理になると考えるものです。

 もちろん、私たちが撤回を求めているのは、答弁書のなかの「河野談話」を継承する部分ではなく、「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」という部分であることは、いうまでもありません。

この問題での歴史教育について

子どもたちに事実を伝えていくことは、日本政府の内外への公約でもある

 ――「河野談話」の最後の部分では、歴史教育にもふれています。「慰安婦」問題を国民の共通の歴史認識にしていく努力がとても重要だと思いますが。

 志位 その通りです。言われるように、「河野談話」は、「われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する」と、内外に公約しています。

 いま残念なことに、中学校の教科書の記述から、「慰安婦」問題が消えるという事態になっています。「新しい歴史教科書をつくる会」などによる攻撃が強まり、さらに、2006年に教育基本法が改悪されたことの影響も大きかったと思います。そうした流れのなかで記述がなくなってしまった。これは由々しき問題です。

 子どもたちにも、その発達段階におうじた適切なやり方で、この問題での事実をしっかりと伝えていく。これは「河野談話」がアジアと世界に公約したことでもあり、また日本の未来を考えても、たいへんに大切なことです。そうした方向に向かうように、私たちとしても力を尽くしていきたいと思います。