2007年1月31日(水)「しんぶん赤旗」
日本共産党の志位和夫委員長が、三十日の衆院本会議でおこなった安倍晋三首相の施政方針演説に対する代表質問の大要は次の通りです。
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日本共産党を代表して、安倍総理と関係大臣に質問します。
まず暮らしの問題です。私が、総理の施政方針演説を聞いて驚いたのは、四十分におよぶ演説のなかに、「貧困」という言葉も、「格差」という言葉も、一言もなかったことです。総理は、国民の多くが不安に感じている貧困と格差の広がりという問題の実態を、どう認識しているのか、まずうかがいたいのはこの問題です。
この間、NHKテレビが、「ワーキングプア」――働く貧困層についての特集番組を放映しました。どんなに働いても生活保護水準以下の暮らししかできない人たちが広がり、日本の全世帯の十分の一、四百万世帯以上ともいわれています。
たとえば、母子家庭・一人親家庭は、百四十万世帯をこえて急増し、その約六割が、国際的な貧困水準以下の暮らしです。番組で紹介された二人の小学生の子どもを育てながら働いている三十一歳のお母さんは、昼と夜、二つのパートをかけもちし、仕事を終えて家に帰るのは真夜中の二時、睡眠時間は四時間から五時間という、働きづめの生活をしいられています。このお母さんは、「あと十年がんばれば、自分の体がぼろぼろになっても、子どもたちは巣立つと思う」といいました。総理、シングルマザーが、わが身を犠牲にしなければ子どもが育てられない社会が、まともな社会といえるでしょうか。
また、国民健康保険料が高すぎて払えず、保険証をとりあげられ、「資格証明書」におきかえられた世帯が急増し、三十二万世帯をこえています。朝日新聞の報道によれば、保険証とりあげで、医者にいくのを我慢した末、手遅れで死亡した痛ましい例が、この数年で少なくとも二十一件にのぼっています。
「資格証明書」では、病院の窓口で、いったん十割全額の医療費を払わなければなりません。経済的困窮から保険料を払いたくても払えない人に、病院窓口で十割全額負担を求める。総理、国が号令をかけてすすめている保険証とりあげは、経済的に弱い人にも必要な医療を保障するという国民健康保険の目的に、まっこうから反するものだと考えませんか。
総理に基本認識をうかがいたい。いまや貧困は、国民の一部の問題ではなく、病気、失業、老いなどの身近な出来事がきっかけで、国民だれにもおこりうる問題になっているという認識はありますか。いったん貧困に落ち込んだら、多くの場合はどんなに努力しても、そこから容易には抜け出せない現状となっているという認識はありますか。
さらに、「ワーキングプア」について、政府は実態の調査さえおこなっていません。これでは「再チャレンジ」といっても、まともな対策はできないのではないでしょうか。政府として、国民すべてに「健康で文化的な生活」を保障した憲法二五条の立場にたって、貧困の実態を調査し、それを打開する抜本的な対策をたてるべきではありませんか。答弁を求めます。
憲法で保障された基本的人権とのかかわりでも、柳沢厚生労働大臣が、「女性は子どもを産む機械」と発言したことは、きわめて重大です。これは、女性の人間としての人格と尊厳を否定する絶対に許すことのできない最低・最悪の発言です。「厳重注意」でことをすませられるような問題ではありません。わが党は、柳沢大臣の罷免を要求するものです。総理の答弁を求めます。
私は、貧困と格差を打開するためには、その根源にあるつぎの二つの問題に目をむける必要があると考えます。
第一は、国の予算のあり方の問題です。そもそも貧困と格差が広がったら、税金と社会保障によって所得の再配分をおこない、それを是正することが予算の役割のはずです。ところが来年度政府予算案は、どうなっているでしょうか。
一方で、庶民にたいしては、大増税と社会保障切り捨てがおしつけられようとしています。昨年、定率減税が半減され、高齢者への増税で住民税が数倍から十倍にもなったという怒りの声が全国で噴き出しました。
ところが、来年度予算案では定率減税を廃止し、さらに一兆七千億円もの増税を庶民におしつけようとしています。増税にくわえて、国民健康保険料、介護保険料も引き上げられ、「これ以上は払いきれない」という悲鳴が全国各地から寄せられていることに、総理はどう答えますか。
生活保護を受給している母子家庭等への母子加算が廃止されようとしています。子どもたちの衣服や食事、夏休みに海水浴にいくことなどのわずかな楽しみさえ節約せざるをえないような家庭から、母子加算をとりあげるというのは、まともな政治のすることでしょうか。
他方で、財界・大企業と大資産家にたいしては、減価償却制度の見直しと、証券優遇税制の継続で、一兆円規模の減税が予定されています。
総理は、「成長戦略」と称して、大企業への減税をすすめれば、経済が成長し、結果として国民の暮らしもよくなるとしています。しかしこの五年間に、大企業の経常利益は、十九兆円から二十九兆円へと十兆円もふえて空前の大もうけをあげていますが、そこに働く従業員の給与は、四十二兆円から四十兆円へと二兆円も減っています。総理、政府のいう「成長戦略」とは、財界にとっての「成長戦略」であって、働く人々にもたらされたのは貧困の拡大だった――これは事実が証明しているではありませんか。
パート・派遣など非正規雇用労働者を増やし、労働者の賃金を削りに削って大もうけをあげてきた財界・大企業に、これ以上の減税による優遇措置をほどこす理由がいったいどこにあるというのか。説明をしていただきたい。
「庶民には大増税と社会保障の切り捨て、財界と大資産家には大減税」――日本共産党は、貧困と格差拡大に拍車をかける政府予算案の「逆立ち」したあり方を、根本的に転換することを強く求めます。総理の答弁を求めるものです。
第二は、人間らしく働ける労働のルールをつくることです。
私は、いま日本社会で広がっている貧困と格差の大本には、人間らしく働ける労働のルールの異常な貧しさがあると考えます。私は、この現状を打開するために、つぎの三つの問題を提起するものです。
「サービス残業」と「偽装請負」―二つの無法の根絶を
一つは、職場でまん延している「サービス残業」と「偽装請負」という二つの無法を根絶することであります。
「サービス残業」――ただ働き残業については、労働者のたたかいにおされて厚生労働省は二〇〇一年に是正の通達を出し、それ以降、累計で八百五十二億円の不払い残業代が支払われました。しかし是正された「サービス残業」は氷山の一角であり、この無法は年々増える傾向にあります。
「偽装請負」――実際は派遣労働なのに請負労働を装う無法についても、労働者のたたかいにおされて厚生労働省は昨年九月に是正の通達を出し、直接雇用をかちとるたたかいが全国ですすんでいます。しかし、大企業の製造業の派遣労働を中心に、この無法の根も深いものがあります。
総理に、この二つの無法を根絶する決意、それをどのようにすすめるかの方策について、答弁を求めます。
「残業代取り上げ、過労死促進法」はきっぱり断念を
二つ目は、労働のルールのこれ以上の破壊は中止するということであります。
昨年末、労働政策審議会が、「ホワイトカラー・エグゼンプション」――ホワイトカラー労働者の残業代を取り上げる法律の導入を提起したことに、国民の激しい怒りが広がっています。
かりにこの法律が導入され、財界のいうように年収四百万円以上のホワイトカラー労働者に適用されるなら、横取りされる残業代は、不払いの残業代を含めて年間百十四万円にもなると試算されています。労働者は、「成果」をあげるために際限なく働かなければならず、過労死がいっそう増えることは避けられないでしょう。
「残業代取り上げ、過労死促進法」の導入はきっぱり断念すべきであります。総理の答弁を求めます。
最低賃金の抜本的引き上げを全国一律で
三つ目は、最低賃金を抜本的に引き上げるということです。
日本の地域ごとの最低賃金の平均は、時給にしてわずか六百七十三円、労働者の平均所得のわずかに32%、主要国では最低の水準です。年収二百万円のラインに達するためには、年間約三千時間、過労死ラインを上回るような働き方をしなければなりません。総理は、最低賃金のこの水準についてどう考えますか。憲法二五条に明記された生存権の保障からみて、あまりに低い水準であり、抜本的な引き上げが必要だと考えませんか。
全労連も連合も、ナショナルセンターの違いをこえて、労働団体は、最低でも時給千円以上の賃金を要求していますが、わが党は、この要求を強く支持します。ヨーロッパ諸国は、最低賃金を、当面、労働者の平均所得の五割に引き上げ、六割をめざすことを決め、アメリカでも大幅に最低賃金を引き上げようとしています。こうした世界の動向にてらしても、最低賃金を、労働者の平均所得の五割の水準まで引き上げることを目標に、当面、時給千円以上に引き上げることには、合理的な根拠があると考えます。
日本共産党は、最低賃金を抜本的に引き上げ、世界の大多数の国々がすでに実施しているように全国一律の制度にすることを強く要求します。正規労働者と非正規労働者の労働条件の均等待遇のルールをつくることを求めます。これは貧困と格差の深刻化のなかで、待ったなしの課題であります。総理の答弁を求めます。
つぎに憲法について質問します。
総理は、施政方針演説のなかで、「憲法を頂点とした……基本的枠組みの多くが、二十一世紀の時代の大きな変化についていけなくなった」として、憲法改定の推進と改憲手続き法の成立を宣言しました。また、「時代にそぐわない条文として、典型的なものは憲法九条だ」とのべています。
それでは、総理に問いたい。憲法九条のいったいどこが「二十一世紀の時代の大きな変化についていけなくなった」のか、どこが「時代にそぐわない」のか。具体的に答えていただきたい。
総理は、改憲の目的は、集団的自衛権の行使を可能にすることにある、日米軍事同盟を「血の同盟」とする、すなわちアメリカとともに「血を流す」――「海外で戦争をする国」をつくることにあるとのべてきました。しかしそんな方向に日本を導くことが、はたして「二十一世紀の時代の大きな変化」にそった道でしょうか。反対に、それは、二十一世紀の世界の流れにまっこうから反するものではないでしょうか。
それはイラクをめぐる情勢をみても明らかです。イラクでは、アメリカによる侵略戦争と占領支配が、いよいよ破たんを深め、「内戦化」ともよばれる深刻な情勢悪化がすすんでいます。ブッシュ大統領のイラク政策は、アメリカ国内でも強い批判をあび、中間選挙ではブッシュ・共和党が大敗北しました。ブッシュ大統領は、この結果にも耳をかさず、二万人の米軍の増派という方針を決めましたが、この方針にたいしては、共和党の有力議員もふくめて超党派で反対の声が広がりつつあります。
安倍総理に聞きたい。総理は、イラク戦争の誤りが誰の目にも明らかになったいまでも、日本政府がイラク戦争を支持したことを、「正しかった」といいつづけるつもりですか。米国国内でも議会の多数が反対している米軍二万人増派について、「強く期待する」という態度をとりつづけるつもりですか。米国が派兵をつづけるかぎり、イラクへの航空自衛隊の派兵をいつまでもつづけるつもりですか。明確な答弁を求めます。
「二十一世紀の時代の大きな変化」というなら、どんな超大国であっても軍事力だけでは世界を動かせない時代となった、国連憲章にもとづいて紛争を平和的・外交的に解決することが当たり前の時代になった、この変化をこそ見るべきです。
こうした世界の流れにてらせば、「時代の大きな変化」の先駆けとなっているのが日本国憲法九条であり、「時代の大きな変化」についていけなくなったのが自民党政治であることは、明りょうではありませんか。
日本共産党は、憲法改定反対、九条を守れの一点で、思想・信条の違いをこえ、国民的な多数派をつくるために力をつくします。九条改定というよこしまな狙いと一体にむすびついた改憲手続き法案は、きっぱり廃案にすることを強く求めるものであります。
最後に、「政治とカネ」の問題について質問します。
家賃がただの議員会館を「主たる事務所」にしながら、年間一千万円以上の「事務所費」を政治資金収支報告書に記載していた国会議員が、自民党と民主党で合計十八人にのぼることが重大な問題となっています。国民に知られたくない支出を処理する抜け道に「事務所費」が利用されていたのではないか、規正法に反する虚偽記載が行われていたのではないか、この疑惑が問われています。
この問題では、現行法の不備をただすことはもちろん必要ですが、その前にやるべきことがあります。日本共産党は、つぎの二つの点を強く要求します。
第一に、疑惑をかけられた政治家、政党に、「事務所費」の実態を国民の前に明らかにすることを求めます。領収書や帳簿は保存が義務づけられており、その気になればすぐに公開はできるはずです。問題がないというなら、公開すればすむことであります。閣僚席にすわっている伊吹文部科学大臣、松岡農林水産大臣は、領収書と帳簿を明らかにする意思がありますか。両大臣にこの一点について答弁を求めます。
第二に、安倍総理は、疑惑を指摘されている閣僚について、「『法にのっとって適切に処理されている』と報告を受けている」として問題はないとの態度をとっていますが、そんな無責任な態度は、任命権者として許されるものではありません。佐田前大臣の問題もふくめて総理として疑惑解明にとりくむ意思があるのかどうか。はっきりとお答え願いたい。
続発する「政治とカネ」の問題の温床に、財界からの企業献金の野放図な拡大とともに、政党助成金頼みの政治の堕落があることを、私は指摘しなければなりません。自民党の収入の六割は政党助成金です。国民から募金を集める地道な努力を放棄し、巨額の税金に依存してきたことが、「政治とカネ」をめぐる感覚マヒにつながっているのではないでしょうか。総理にその自覚はありませんか。
「美しい国」どころか、「醜い政治」が、国民から指弾されています。この問題に誠実な姿勢をとらないかぎり、どんな美辞麗句をならべても国民の心には響かないでしょう。疑惑の全容究明とともに、政治腐敗の温床となっている企業献金を禁止し、政党助成金制度を撤廃することを強く求めて、私の質問を終わります。