2006年1月1日(日)「しんぶん赤旗」

新春対談

一橋大学大学院教授 渡辺治さん

憲法守る国民の対抗軸を

形にとらわれない運動「九条の会」にすごく注目

日本共産党委員長 志位和夫さん

政治の夜明けひらく年に

生きて働く九条の力を訴えることが大事です


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 今年は日本国憲法制定から60年です。自民・民主・公明各党の改憲策動が新たな段階を迎えるなか、憲法改悪反対に向けて国民の多数派をどう結集するのか、九条の値打ち、アジアで日本がどう生きていくのか――日本共産党の志位和夫委員長と「九条の会」事務局で活躍する渡辺治・一橋大学大学院教授が世界的視野で大いに語り合いました。

 志位 あけましておめでとうございます。

 渡辺 あけましておめでとうございます。

 志位 昨年は、自民党が総選挙で議席ではかなりの多数をとるということが起こりました。ただ、私は、大きな視野で見ると自民党政治がこんなに深い閉そく状況に陥ったことはかつてないと思っています。

 外交の面では、アジアでまともな近所づきあいができなくなるという八方ふさがりです。暮らしの面でも「痛みに耐えたら明日がある」とやってきたんですが、いよいよ大増税が目の前に迫ってくる。

 そのもとで国民のたたかいの深部からの新しいもりあがりを感じます。「九条の会」の力強い広がり、基地強化反対の自治体ぐるみの闘争、暮らしを守る多面的な闘争など、いろいろな分野で、これまでにない広がりを感じます。いろいろなジグザグがありますが、日本の政治は、夜明け前といいますか、歴史的な転機の時代に入りつつある。さまざまなたたかいを日本列島から澎湃(ほうはい)と起こして、政治の夜明けをひらく年にしたいと決意しています。

 渡辺 私は、志位さんと基本的な見方はそれほど変わらないんですが、自民党政治が、大きな困難を抱えながら大企業本位の政治体制をつくるために、従来でもできなかったような凶暴な政治をやろうとしている側面は注目しないといけないと思います。

 一つは、アメリカ追随の軍事大国化の推進。これだけ外交的に孤立しているのに、自衛隊を武力行使目的で海外に出動させようという大きな野望を実現しようとしている。第二は、大企業の負担を軽くし規制を緩和して競争力の強化をはかる構造改革です。ここでも、総選挙結果を背景に、加速化せよとの財界の要求が強くなり、医療制度の改悪や増税、公務員制度改革など新たな攻撃の段階に入っています。第三の柱がその集大成としての憲法九条への攻撃です。

 だからこの局面で、国民の側の大きな対抗軸がつくれるのかどうか。それが問われる一年になるし、ぜひともそういう力をつくっていきたい。

 対抗の運動として注目されるのはやはり「九条の会」です。〇四年六月に発足して以来、呼びかけ人の方々の予想を超えるようなスピードで国民のなかに浸透している。昨年七月末に地域や職場、分野別の「九条の会」が三千を超え、今は三千六百です。

 志位 毎月百五十ぐらいのペースで増えていますね。

 渡辺 もう少しゆっくりでもいいんじゃないかと思うんですが。(笑い)

 志位 たたかいという点で、もう一つ、特筆すべきは基地の問題です。米陸軍の新しい司令部をもってくる動きがある座間市(神奈川県)での集会に一万一千人が集まりました。横須賀市での集会も二千五百人を集めて盛会でした。全国各地で自治体ぐるみの運動が広がっています。沖縄では新基地の押しつけに対して、保守の県知事も「受け入れられない」と表明し、島ぐるみでのたたかいの条件が生まれています。

 渡辺さんがいわれたように、平和と暮らしを壊す暴走の危険は、過小評価してはならない。ただ、この暴走が、国民との矛盾を深め、世界の流れとの矛盾も「ここまできたか」というところまできている。先のない大きなゆきづまりにぶつかっている。ここを視野を広げてつかむことが大切だと考えています。

 私たちが十一日から開く党大会の決議案では、自民党政治の三つの異常な特質――侵略戦争を正当化する異常、アメリカいいなり政治の異常、極端な大企業中心主義の異常――をただす改革ということを打ち出しました。ここでいう「異常」とは世界の流れとまったく違う道をいっているということです。この政治に未来はない。国民のたたかいで、政治の夜明けへの展望を開くことはできるし、ぜひそうした年にしていきたいと思います。

 渡辺 そうですね。

■海外で戦争のできる国に――改憲案の具体化で 狙いが見えてきた   

 渡辺 憲法改悪は、九〇年代に入って台頭し、近年大きな課題として登場してきたんですけれど、アメリカ追随の軍事大国化と構造改革という、保守支配層の狙う二つの改革に対応して、二つ狙いがあったと思うのです。

 一つは、軍事大国化の大きな障害物となっている九条を改悪して、自衛隊を海外で武力行使できるようにしたいという、焦びの緊急な狙いです。これはアメリカの強い圧力でもあるし、財界の強い要請でもあった。

 志位 ええ。

 渡辺 ところが、改憲の狙いはこれだけではありません。それは、自民党や民主党、中曽根康弘氏や鳩山由紀夫氏ら、いま出されている改憲案がみんな全面改正案であることからも分かります。改憲には構造改革の遂行のためという、もう一つの、より長期の狙いがありました。まず、構造改革を強行しようとすると憲法の民主的な政治体制が邪魔だから、これを変えろという要求が出てきた。

 たとえば、日本国憲法は衆議院と同時に参議院で、十分に民主的に議論するような制度になっていますが、構造改革でどんどん国民に犠牲を強要していく悪法を通すにはスピードが落ちる。強行採決も衆参で何度もやらないといけない。郵政民営化法の廃案はその典型例でした。そこで、参議院の権限を縮小しろといいだした。

 構造改革の強行に伴って、改憲を必要とする、さらに深刻な問題が起こりました。企業の海外進出によるリストラ、倒産に加え、構造改革による農業・中小企業切り捨て、高齢者や弱者に対する医療や社会保障の切り捨てのなかで、日本の社会にかつてないようないろいろな大きな危機、ゆがみが出てきたことです。自殺者は二〇〇三年で三万四千人になり、ホームレスの人たちが非常に増えてきている。あるいは、犯罪率が増加したり、児童の虐待がおこったり、社会の貧困化と階層分化に伴う、大きな困難が登場してきました。これは構造改革の所産なんだけれども、大企業本位の社会をつくるためには構造改革をやめるわけにはいかない。

 それで改憲派の人たちは、社会のゆがみや困難は憲法のせいだと口々に憲法を非難し始めた。個人主義とか自由主義が社会のゆがみを生んでいるのだから、これを直して、家族や地域の共同体を強め、天皇を元首とうたい、伝統や文化を教えることや国民の義務も明記して社会を立て直さなきゃいかん、と中曽根氏らも言うようになります。

 こうして、自衛隊を武力行使目的で海外に出すための規定だけでなく、首相権限強化、参院縮小、家族や共同体の再建、国民の責務などが盛りだくさんに入りました。

 ところが、十一月二十二日の自民党立党五十年記念大会で正式に採択された自民党の「新憲法草案」は、こうした、あれもこれもといった盛りだくさんな詰め込み方式を一掃してしまいました。天皇元首化、家族の保護、伝統文化など、公明党とか民主党が反発したり、国民が国民投票のなかで反発するようなことをやっていたら、一番肝心の自衛隊の武力による海外派兵ができないということになる。だから、九条の改悪だけに絞って出してきたというのが、「新憲法草案」の大きな特徴です。今までの自民党案から見ると面目を一新しました。

 アメリカの世界戦略のなかで自衛隊がアメリカ軍と共同作戦を展開するには、自衛隊の海外での武力行使の禁止を何が何でも突破しなければいけない。そのためには、譲歩するところは譲歩する。また、今まで自民党の改憲派がいやがっていた「新しい人権」も散りばめて九条改憲という毒薬のまわりを甘い砂糖でくるむ。民主党、公明党がのめるような工夫をし、両党を巻き込んで、改憲に突っ走る案が出てきたのです。

 志位 いま、憲法改定の大きな狙いとして、九条を変えて海外で武力行使ができる国にすることと、構造改革ということがいわれました。私の考えでは、やはり中心は九条を変え、「海外で戦争をする国」にするというところに置かれていると思います。

 「新憲法草案」は、九条の二項を削除して「自衛軍の保持」を明記、その「自衛軍」が「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動」に参加するとしています。この部分に一番の核心があると思います。

 憲法九条には、一項、二項があって、一項は戦争の放棄、二項は戦力の不保持と交戦権の否認ですけれども、両方があわさって九条を構成している。一項だけでしたらパリ不戦条約(一九二八年)や国連憲章(一九四五年)にものべている、いわばグローバル・スタンダード(世界標準)です。

 渡辺 そのとおりです。

 志位 しかし、二項を含めた九条は、世界でも類のない、恒久平和主義を極限まですすめたという大きな意義があります。二項を削って「自衛軍」を書き込むことによって、これまでどうしてもやりたくてもやれなかった海外での武力行使に道を開く。やはりここに改憲の狙いの中心があることは、よく見ておく必要があると思います。

 自民党などは、「海外で戦争をする国」といわれるのが嫌なんですね。私もテレビで小泉首相と討論してきましたが、小泉さんは、「自衛隊があるんだから、あるものを書くだけなんだ」「海外に出て戦争しようなんてだれも考えていない」と、否定するんです。(笑い)

 ところが、私が重要だなと思っているのは、改憲案を具体化してみると、いやがおうにもその狙いが見えてきたということです。

 改憲案を具体化してみると、「自衛軍」が「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動」に参加するということになる。重大なことは、ここでいわれている自衛隊の海外での軍事活動には、何の制約もないということです。イラク戦争も「国際社会の平和と安全を確保」する活動かと問えば、小泉首相は「そうだ」となるでしょう。

 渡辺 アメリカと一緒にやっている「有志連合」にも参加できる。

 志位 「有志連合」は「国際的に協調した活動」ということになりますから。イラク戦争のような戦争への本格的参戦もできる。「新憲法草案」が出た時に、すべての新聞がいっせいにこの部分をとらえて、海外での武力行使に道を開くものだと書きました。

 渡辺 いまいわれたことは大変重要な点だと思います。同時に、新憲法草案の「国際社会の平和と安全」という規定にはもう一つの思惑もあります。いままでの自民党や改憲派の人たちが、こだわっていたのは集団的自衛権です。法的な概念として改憲案に明記したい。ところが、集団的自衛権という言葉を使うと、民主党とか公明党内ではいろんな議論があって一致しない。そこで、なにも法的な概念として集団的自衛権を使う必要はない。自衛権とだけ書いておけば、集団的自衛権も含まれると解釈できるし、そんな恐ろしい言葉を使わずに、「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動」と書きさえすれば、イラク戦争やアフガン戦争まで入るからです。そうして毒薬を飲みやすくしている点でも非常に注目されます。

 志位 ここでいわれている「活動」には、集団的自衛権も含まれることになりますが、もっと広い概念もみんな入ってくる。集団的自衛権という概念を厳密に解釈したら、国連憲章上は武力攻撃が発生したものにたいする集団的対応です。けれども、いまアメリカがやっているイラクやアフガンの戦争は、先制攻撃です。これは国連憲章上の集団的自衛権ですらない。“集団的無法”です。そういうものにもちゃんと対応できるような改憲案になっています。「海外で戦争をする国」づくりだと、私たちはいってきましたが、具体化すると、どうしてもそれが条文にあらわれてくる。

■構造改革と改憲の関係 ――財界にとっても  九条改定が中心課題

 志位 渡辺さんがいわれた構造改革との関係で、私の考えをいいますと、この「新憲法草案」は九条改憲が中心ですが、国民の権利にたいする制約、あるいは立憲主義の否定につながるような逆流的要素も入っているわけです。たとえば「公共の福祉」にかわって、「公益及び公の秩序」が人権制約の規定として入り、首相の一定の権限強化も入っています。こういう問題をどうとらえるか。

 私は、こういう問題も、何よりもまず九条改定との連動性でとらえることが大切だと思います。つまり、九条を変えて「海外で戦争をする国」をつくるためには、国民を無理やり戦争に動員しなければならない。そこから人権や民主主義の制約・後退に連動していくという必然性をもっています。

 私が、思い出深い国会論戦がありまして、九七年に米軍基地のために沖縄県民の土地をとりあげる米軍用地特措法を強行するさいに、政府は憲法二九条の財産権は「公共の福祉」のために制約ができるという論を立てたのです。

 渡辺 「公共の福祉」にもとづいて土地をとりあげると。

 志位 ええ。そんな議論は通用しないと、ずいぶん論争をしたものでした。しかし、今度これが「公益及び公の秩序」になったら、それこそ「日米同盟」という「公の秩序」のために財産権は制約されるのはあたりまえということになってしまいます。

 私も、渡辺さんがいわれるように、財界が改憲を主張するさい、構造改革といいますか、彼らの利潤を追求するうえで最も効率的な国家への改造という思惑をもっていると思います。それは日本経団連の昨年一月の改憲提言(「わが国の基本問題を考える」)を見てもあらわれています。

 同時に、改憲と構造改革の関係の整理をしておく必要がある。つまり日本を「海外で戦争をする国」に変えようと思ったら、絶対に九条を変えなければなりません。しかし、構造改革は憲法を変えなかったらできないかというと、そうではない。

 渡辺 おっしゃる通り、立法措置でかなりできます。

 志位 ええ。ですから財界にとっても、最優先の課題、そして中心課題は、九条改定であって、自分たちのもうけの都合のよいように国家の改造をはかっていくための改憲というのは、その先の課題と位置づけていると思います。だから日本経団連の改憲提言も、憲法九条を変え、憲法九六条の憲法改定条項を緩和する――この二つに改憲を絞っている。これを迎え撃つ側も、対決の要は九条だというところをおさえたたたかいが大切だと思います。

 渡辺 私も、全く同じことを強調しています。さきほども指摘したように、自民党「新憲法草案」は、自民党がいままでつくってきた改憲案とも大きく違う。九条に焦点を絞った、もっとも危険な案です。現実に改憲を実行するためには、せっぱ詰まったものだけを書いて、あとは九六条を改正しておいてゆっくりやればよい。これが「新憲法草案」の狙いです。基本的にはそれ以外のことをそぎ落としている。だから中曽根さんは、怒ったわけですよね(笑い)。これは自民党らしくないと。ただ、僕にいわせれば、まさに、現代の自民党らしいですね。

 志位 そうだと思います。

■米軍再編の現実の動きが改憲の狙いを浮き彫りに

 志位 もう一つ、米軍再編といわれる動きとのかかわりでも、改憲の狙いが見えやすくなる状況が生まれていると思います。米軍再編というと、在日米軍基地の問題ととらえがちですが、いま起こっていることの本質は、米軍と自衛隊が軍事的に一体化し、地球的な規模で展開するところにあります。

 二〇〇三年にファイス米国防次官(当時)が、まとまって地球的規模での米軍再編の構想をのべています。二つの大きな柱があって、一つは、彼の言葉でいうと、「米軍はこれからは駐留地でたたかうことはない。駐留地から遠く離れている場所に戦力を投射する」。要するに遠征しての殴り込みを、迅速に地球的規模で展開できる軍隊として再編成するということです。

 もう一つの柱は、同盟国との軍事的協力体制をつくりあげるということです。ファイス国防次官は、「われわれは同盟国に対して、派遣可能で、本当に使い物になる司令部および部隊を確立するように促している」といっています。今の自衛隊は「本当に使い物になる司令部」でもないし、「部隊」でもないというわけです。(笑い)

 渡辺 ラムズフェルド米国防長官は、この間の日米安全保障協議委員会(2プラス2)でいみじくも“自衛隊はボーイスカウトだ”といいました。ブッシュは政治的に孤立しているので、ああいう自衛隊でもとにかくきてもらうことに感謝するといっていますけれど、軍事的にはラムズフェルド発言のようにいらだっているわけです。

 志位 そうですね。日米が一体の軍隊として戦争をたたかうためには“ボーイスカウト”では困る(笑い)。“ボーイスカウト”から一人前に戦争ができる軍隊になってもらわないと困るというわけですね。

 アーミテージ前米国務副長官は、「(課題は)日本がどのような地球規模の役割を果たすかにある。あえて言えば、その決断には日本の憲法第9条の問題がかかわっている」(「読売」〇五年十二月四日付)といっています。自衛隊は、地球的規模で海外に出るところまでいったけれど、これから先は「どのような地球規模の役割を果たすか」が問われてくる。一人前に戦争ができる軍隊になるためには九条改定が必要だというわけです。米軍再編という現実に起こっている動きとの関係でも、九条改定の狙いが非常に見えやすくなっていますね。

 渡辺 おっしゃる通りだと思います。アメリカにとってみても、非常に切迫した要求になっている。そのなかでアメリカは非常に強い圧力を日本にかけてくる。対する日本の財界も、九条を変えないといつまでたってもアメリカと一緒になって覇権国とはなれないといういらだちを強めています。さきほど志位さんがふれられた日本経団連の改憲提言は、日本経団連としては初めての改憲論ですが、そこに財界の改憲衝動の強さがあらわれています。

 志位 そうですね。経済同友会は出していたけれど。

■海外での武力行使反対で大きな共同の輪を   

 渡辺 経済同友会は九〇年代以降改憲提言をいろんな形で出していますけれど、経団連は組織加盟の団体ですから慎重でした。その経団連が改憲論を打ち出して、とにかく九条と九六条にしぼって改憲をやれといった。自民党「新憲法草案」は、アメリカと財界、この二つの圧力の産物だということが明確です。

 自衛隊の海外での武力行使の是非、この点にこそ、今回改憲の最大の争点があります。たしかに国民の八割以上は自衛隊を認めています。しかし同時に、「毎日」の調査(〇五年十月五日付)では62%が九条の改正に反対しています。改憲派の人たちは、これをみて“国民だって矛盾している。よくわかっていない”“つじつま合わない”といっていますが、私は必ずしもそうじゃないと思います。

 国民の多くが認めている自衛隊とは、やはり新潟の地震とか阪神淡路大震災のときに出ているような自衛隊であって、海外で武力行使する自衛隊には反対なのです。とくに若い人は70%も九条改正に反対しているという。これは、海外で戦争するような軍隊になってもらいたくないというメッセージですね。だからそれをきちんと受けとめることが大事です。だから、自衛隊を違憲と思う人も、合憲だと思う人も――その場合の自衛隊は、海外で戦争をしない、武力行使しない自衛隊なんですが――海外での武力行使については反対だという大きな輪をつくることが、すごく大事だと思うんです。

 志位 まったく同感です。そこがいま憲法改悪反対の国民的多数派をつくるうえで、最大のカギですね。

 米軍再編と憲法との関係では、テレビ朝日系の「報道ステーション」という番組でたいへん衝撃的なルポをやっていました。米ワシントン州のフォート・ルイスに米陸軍の第一軍団の部隊がいるのですが、そこで陸上自衛隊が一緒に演習をやっている映像なのです。

 渡辺 私も見ました。すごかったですね。

 志位 すごかった。イラクにみたてた「地図にない町」をつくって、訓練用にビルや住宅五十二棟をつくって、突入作戦をやるわけです。米兵が「敵が見えたら撃て。撃ち続けるんだ」といってやると、自衛隊員がバッバッバッと撃って「敵二名射殺」と叫んでいる。ぞっとしましたね。

 イラクで実際に血なまぐさい戦争をたたかってきた米陸軍第一軍団が自衛隊を指導していて、その米兵は、「将来、本当の戦場で一緒にたたかえることを楽しみにしています」といっていました。

 渡辺 あの番組は、講演にいっても、ずいぶん話題になっています。ある人は「あそこまでいっちゃっていたら、もう九条なんてどうしようもないじゃないか」というのです。こうした声は、当然の危ぐですが、私はこう答えています。“あれは演習であって現実にはできない。九条の下では演習に終わらざるを得ない。あれを現実にやりたいというのが改憲の一番大きな狙いなのだ”と。

 志位 あの番組の最後で、米戦略予算・査定センターのグレバノビッチ所長がインタビューに応じて、「憲法第九条を改正しようという動きもあります。日米の部隊が共通の利益を守るため一緒にたたかったとしても驚きません」といっている。あの演習を現実にやるためには憲法を変えることが必要だというわけですね。

 米軍再編でも、キャンプ座間が問題となっていますけど、米陸軍の新司令部がアメリカからくるだけではなくて、陸上自衛隊の中央即応集団という海外派兵専門の部隊の司令部もきて、日米が司令機能を一体化して、海外に出ていこうという動きになっています。海軍は横須賀で一体化、空軍は横田で一体化しようという。沖縄を本拠地にした海兵隊でも、キャンプ・ハンセンにつくった都市型訓練施設で、米軍と陸上自衛隊が合同で訓練する動きがある。嘉手納の米空軍基地のF15を本土の航空自衛隊の基地に分散させる。米軍と自衛隊が、陸海空そろって一体になって打って出るという仕掛けづくりです。しかし、イラク戦争のような戦争を一緒になってたたかおうと思ったら、九条があったらできない。ここから九条改憲に連動してくるのです。

 渡辺 米軍再編は、おっしゃる通り、朝鮮半島からイラクまでのいわゆる「危険な弧」をカバーして、日米両国の軍隊が機動的に一体になって「ならず者国家」に先制攻撃を加える体制づくりです。ですから、米軍再編に関して私たちがもっとも注目し指摘しなければならない点は、自衛隊と米軍が一緒になって「戦争をする国」になる体制づくりだという点です。この点こそ、憲法改悪と密接に連動する米軍再編の焦点なのですが、マスコミはどうしても「在日米軍基地の縮小・再編問題」だけで米軍再編をとらえています。そうなると全体が全然わからなくなる。

 志位 そうです。いまいわれた「米軍再編の焦点」を広く明らかにしていくことが大切ですね。

■九条には歯止めとしての偉大な生命力がある  

 渡辺 最近の改憲論で流行の論理は九条ガタガタ論、解釈改憲最悪論と私が名づけている改憲論です。それは“九条はいいけれど、自衛隊がイラクに行ってしまうし、インド洋にも行く。九条は全然守られていない、もっと守れるようなルールをつくらなければいけない”という議論です。

 志位 逆に憲法を変えて歯止めをつくろうという“歯止め的”改憲論ですね。(笑い)

 渡辺 民主党の「憲法提言」(昨年十月)もそうです。自民党政権の解釈改憲政策で憲法が空洞化し、九条と自衛隊のイラク派兵という実態が乖離(かいり)している。だからもっと守れるルールをつくらなきゃいけない、憲法を実態にあわせることによって立憲主義を回復しなければならないという議論です。この新手の改憲論は、九条を踏みにじってきた現実を逆手にとった議論ですが、私は二つの点で反対です。第一に、なぜ憲法と実態が乖離したらひたすら憲法を現実にあわせなければいけないのかという点に答えられません。第二に、この議論とは異なって、九条は死んでもいないし、ボロボロでもないという点です。この点にきちんとこたえていくことが、非常に大事な点だと思います。

 志位 それは、本当に大事な点ですね。私たちは九条と現実が乖離しているのだったら、あしき現実にあわせて九条を変えるのでなく、九条という理想にむけて現実を変えることこそ政治のつとめだと考えています。そして、九条がボロボロになって、使い物にならないから、現実にあわせた方がいいという議論にたいしては、私は何よりもまず、九条が生きて働いている力の偉大さをうんと国民に訴えていくことが大事だと思います。

 日本は軍隊をつくったけれど、戦後一人も殺していないし、一人も戦死者をだしていないとよくいわれます。私はサミット(主要国首脳会議)七カ国を調べてみましたけれども、そんな国は日本以外にありません。

 なぜかといえば、九条が厳然としてあったからです。解釈改憲で自衛隊がつくられ、その自衛隊が海外に派兵もされ、さんざん九条が踏みつけにされたけれど、最後のぎりぎりのところで、「殺し、殺される国」にはなっていない。これは九条を変えなかったら、越えられない壁です。九条は歯止めとしての偉大な生命力がある。

 渡辺 私も、講演でも新著でも必ず九条がもっている力というのを強調しているんです。九条はボロボロだと民主党の人たちもいうんだけれど、ボロボロだったら、なんで改憲する必要があるのか(笑い)。必要がないわけなんですよね。

 志位 そうですよ。

 渡辺 たしかに自衛隊はイラクのサマワに行ったけれども、迫撃砲が撃たれたら陣地にこもらざるをえない。それは自衛隊が武力行使できないという解釈に依然として強く縛られているからですが、そういう解釈は、自衛隊が決して好んでやったわけではないし、自民党政権が平和主義的だったからでもなくて、憲法九条を擁護しようという運動と国民意識のなかで、自民党が余儀なく積み重ねてきたものだと思います。

 志位 そうだと思います。自民党政府がつくった海外派兵法で、周辺事態法(九九年)、テロ特措法(〇一年)、イラク派兵法(〇三年)、どれも最後の一線として「対応措置の実施は、武力による威嚇又は武力の行使に当たるものであってはならない」という文言が入っている。九条があるためです。

 渡辺 そういう九条とそれを支える運動の力で、武器輸出三原則が国会決議としてある。日本経団連は改正したいと言っているけれども、武器輸出禁止の原則というのは厳然として残っている。日本の大企業は武器輸出ができないため、軍需産業に手を出せないでいる。非核三原則も、いろんな穴があるけれども、国会で決議しているだけに、核を持ち込んだとしても非常に限定されたところでしか持ち込めない。防衛費も量的制限があるし、九条が持っている力は、自衛隊が海外で武力行使できないだけでなくて、いろんな形で縛っているんです。

 志位 くわえれば徴兵制が敷けないということも大きいと思います。歯止めというなら、九条そのものが最大の歯止めですね。

■国民多数の思いと「九条の会」の運動   

 志位 作家の小田実さんが「九条の会」の講演で、「九条、今でも旬」じゃなくて、「九条、今こそ旬」だといわれました。あれは、非常にいい。私は、好きですね。

 渡辺 「九条の会」が大きな運動として展開している背景には、やはり九条の改憲に反対する思いが相当強く存在していると思います。「毎日」の世論調査でも、62%の人は九条改正に反対という数字が出ていました。しかし、問題なのは、こうした潜在的な国民の多数の思いが今まで形になる方法がみつからなかった点です。どんな形で自分たちが声を発するか、そういう場とか組織がなかった。共産党や社民党、いろんな平和運動の組織など一生懸命がんばっている運動・組織はありましたが、そのもう一つ外側に、自分はそうした運動や組織にはちょっと、という人たちが潜在的に、分厚く取り巻いていたと思うのです。

 「九条の会」はそういう人々に、強い呼びかけをしたと思います。自分の思いを持っていたのだけれど、どういう形で表現していいのかわからない人たちがかなり参加している。組織形態としては、ある意味では「勝手連」的な組織なのですけれど、三千六百の「九条の会」には千差万別、いろいろなタイプがあるようです。これは研究の対象になるのではないかと思います(笑い)。地域、それもいろんなレベルの地域、それから女性だとか映画人、マスコミ、宗教者、科学者、詩人などのグループ、それに職場。僕らが働いている大学の中にもある。

 志位 先生と学生が一緒につくっている。

 渡辺 六〇年安保のときに、岸信介首相が「声なき声は自分を支持している」といったのにたいして、安保条約改定に反対する人たちでつくる「声なき声の会」が中野や杉並で出てきたのですけれども、いまの「九条の会」は「声なき声の会」みたいなのが、現代の運動のネットワークのなかで形にとらわれないでできたという点ですごく注目されます。九条改憲を阻止するために、国民の多数を結集する運動を、最も広いところで支えるのがこの「九条の会」かなと思います。「九条の会」に何でもかんでも押しつけるのではなく、うんと広い人たちがとにかく声を上げることが大切です。

 志位 この運動には、国民自身がつくりあげていくすばらしい創意と発展性を感じます。私たちも、この運動の一翼をになって、文字どおり国民多数の平和の思いを結集する運動として、大きく広がるように、一緒に力をつくす決意です。

(つづく)

新春対談(下)→


 わたなべ・おさむ 1947年東京生まれ。東大法学部卒業、同社会科学研究所助教授を経て、現在、一橋大学大学院教授、「九条の会」事務局。『日本国憲法「改正」史』『戦後政治史の中の天皇制』『講座現代日本1 現代日本の帝国主義化』『日本の大国化とネオナショナリズムの形成』『増補 憲法「改正」―軍事大国化・構造改革から改憲へ』『講座改革政治の時代―小泉政権論』など著書多数

 しい・かずお 1954年千葉県生まれ。73年日本共産党に入党。79年東大工学部物理工学科卒業。党都委員会、中央委員会勤務を経て、90年に書記局長、2000年に幹部会委員長に選出。93年衆院議員に初当選し、現在5期目。著書に『希望ある流れと日本共産党』『歴史の激動ときりむすんで―日本改革への挑戦』『民主日本への提案』など。